ヤマヒロ 確かな技術、安心の品質、安全な設備
みなさまのエコカーライフを応援します!

会社情報

会長あいさつ

会長

未来永劫続く会社を目指して

ヤマヒロは、エネルギーの供給とカーライフの提案を通じ、地域の皆様からのご支持によって、継続的な成長を続けてまいりました。今後も、その地域に密着したビジネスを中心として、未来永劫に持続できる企業を目指して参ります。そのために、我社では次の2つのことを約束します。

お客さまに喜ばれる商品とサービスを提供すること

お客さまご自身ではできないサービスを提供することで、必要不可欠な存在になります。お客さまが困っていることを解決できることが私たちの存在価値であり、それができるよう社員スキルを向上させていきます。

経営理念を体現できる社員を増やし続けること

私たちの第一の仕事はお客さまに好かれ、信頼されることです。そのためには、顧客創造、自他共栄という経営理念を実践し、教養、意欲を高めることが必要です。それによって、ヤマヒロ文化を基盤として、全てのお客さまに納得いただけるサービスと商品を提供できると確信しています。

また、成長企業として、事業領域の拡大も図ります。これまで石油製品を販売するサービスステーションを軸に、カーメンテナンス、自動車の売買、レンタカーと事業を拡大してきました。今後更に板金塗装、損害・生命保険などの取り扱いを強化することで、お客さまをトータルサポートできる体制を築き、お客さまとの信頼関係を強くできるようにします。

その他にも、今までのビジネスに関連する事業領域、つまりエネルギー・自動車に関しての事業開拓を模索していき、永続企業を目指します。

今後もヤマヒロは、今のお客さまを大切にしながら、新たな展開を図り、ファン創造企業として、社員と企業が一体になって努力して参ります。

ヤマヒロ株式会社 代表取締役会長

山口升呉

会社概要

会社概要

社名 ヤマヒロ株式会社
所在地 〒169-0074 東京都新宿区北新宿4-1-1
電話番号 03-3363-3441
URL http://www.yamahiro.tokyo
創立 1952年1月
資本金 1,730万円
代表者 代表取締役会長 山口 升呉
従業員 380名(正社員113名)(2016年11月)
売上高 209億円(平成28年6月実績)

業務内容

  • サービスステーション事業(石油製品販売)
  • 自動車整備・車検事業
  • 自動車販売事業
  • レンタカー事業
  • 自動車鈑金・塗装事業
  • 保険代理店業
  • 不動産賃貸事業

関連会社

  • 株式会社山廣商店

経営理念

顧客創造

企業の究極の目的は、顧客を創造(創り出す)することである。

自他共栄

お客様に満足あっての我が社の利益

社員に幸福あっての我が社の充実

お取引先に繁栄あっての我が社の発展

国家・社会に基盤あっての我が社の存立

正々の旗 堂々の陣

①「正々の旗」⇒ 旗印の整った攻めに強い集団

「堂々の陣」⇒ 堂の如くどっしりした陣構えの守りに強い集団

攻守どちらにも素早く変化できる強い集団であれ!

時代は『“スピードある変化”こそ常態』である

②正々堂々とプライドを持って商売する

我々は国民生活に欠かせないエネルギーの供給と益々増大する車社会での「安全・快適・経済走行」のための

サービス提供を担っている

報告・連絡・相談

ホウ・レン・ソウ(報告・連絡・相談=双方向のコミュニケーション)を相互に密に回数多く実施することは、企業組織の血の流れを良くし強い体質(会社の文化・風土)を作る

あゆみ・沿革

あゆみ・沿革

あゆみ ~創業期~

ヤマヒログループの歴史を遡って行くと、一軒の個人商店に辿りつきます。

太平洋戦争が終わり南方の戦地より復員してきた青年、山口米邦が新宿区早稲田鶴巻の自宅玄関口に食用油の缶を並べ、「山口油店」の看板を掲げて商いを始めたのは昭和二十五年二月のことです。戦後の焼野原にバラック暮し。まだ社会も人心も安定しておらず、慢性的な物不足で販売する物品にも事欠いていた時代のお話です。

山口油店の商品は近隣の商店や家庭によく売れましたが、掛け売りゆえ物の動きにお金が追いつかないこともしばしばありました。

現金がなくて仕入れができず、店頭に積み並べてあるオイルや植物油の化粧缶はじつは空っぽで、お客が潤滑油を買いに来ても現物はありません。そこで、お客から現金を受け取るや一目散に自転車を漕いで仕入れに走る、などということもありました。

商いは順調に伸びていき、特に石油の商売が大きくなってきました。昭和二十七年、米邦は新宿区柏木に店舗付住宅を建て、個人商店だった山口油店を法人組織に変えて株式会社山廣商店としました。兄弟や友人を集めて作った小さな会社ですが、それでも組織を整えたのはガソリンスタンド経営に乗り出すためでした。自らセメントを買ってきて拵えた手作りスタンドです。近くにある青果市場の大八車が行き来し、その車軸に差すオイルが売れました。スタンドの向かいにオート三輪が停まって運転手が指で合図を送って寄越します。一本指なら一ガロン、二本指なら二ガロン、それに応えてジョッキでガソリンを運んでいくというわけです。スタンドの両隣には三軒の商店があるばかり。焼け跡の荒れ果てた柏木の地で、ヤマヒロの「オイルロード」が静かに走り始めました。